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道民の「とんでん」のアクセント(イントネーションじゃございません)が標準語と違うことについて

注:この記事は2021年9月16日1:00頃いったん公開しましたが,同日13時前にかなり改訂を加えました。

私は見ていないのですが,「林修のニッポンドリル」という番組で外食チェーンの「とんでん」が取りあげられたところ,内容より発音に反応する道民が多かったようです。具体的には,ナレーションなどは「ロンドン」と同じアクセント(とんでん)だったそうですが,道民的には「混乱」と同じアクセント(とんでん)になります。そのため,例えば下の道民アカウントによるアンケートではフラットな発音(とんでん)の方が圧倒的に優勢になっています。

実際の発音の例も見ましょう。下の動画は北海道のローカルバラエティのもので,たしかに「とんでん」はフラットな形になっています。

youtu.be

北海道民にはあまり気づかれないのですが,この種の発音の違いはそこそこあります。この記事ではそういった例について簡単な解説をします。

アクセントとイントネーションという言葉の違い

まず言語学者的に気になる用語の使い方についてです。Twitterを見る限り多くの方が「とんでんのイントネーションが違う」のように発音の差を「イントネーション」と書いていました。放送日までのツイート検索の結果を見るとよく分かります。

twitter.com

しかし,言語学的にはこれは「アクセント」の違いです。アクセントとイントネーションはともに声の高低が関わる現象のことを指しますが,いくつかの点で違います。ここでは大雑把になりますが,アクセントとイントネーションは結びつくものが異なることを取りあげます*1

アクセントは語(より正確には形態素)や意味ごとにパターンが指定されています。例えば同じハシガでも次のように意味によって発音が変わります。

  • しが(箸)
  • はしが(橋)
  • はしが(端)

また,パンツもズボンと同じ意味ならパンツ,違う意味(下着)ならパンツのように意味で区別しています。ここからもアクセントが意味と結びついていることが分かると思います。

パターンそのものが意味と結びついていないので,例えば,涙,カラス,粘土,ゼリーはいずれも○○○というパターンですが,○○○によって4つの語に何か共通の意味を見出すことはできません。もちろん「外来語や名前はあるパターンが多い」とか「慣れた語は平板になりやすい」のようにある種のカテゴリーをまとめることはできますが,それとある種の概念的な意味とは違うものです。

それに対してイントネーションはある種の意図や感情と結びついています。例えば同じ「ありましたか」という文でも意図によって声の高さ(矢印)や音の長さなど発話全体のパターンが変わってきます。

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さまざまなイントネーションのパターン

ここに書いた4つの意図の区別はいわゆる単語の意味とは異なるものです。疑問については意味と言いたくなるかもしれませんが,実際,これらの区別はパラ言語的意味とも呼ぶので,議論の必要なところです。

この他にイントネーションは文の文法的な構造を反映することもありますが,これについては今回は関係していないので割愛します。末尾の文献を読まれてみてください。

なぜ「とんでん ̄」と「と\んでん」か? マイナス3規則

なぜ「とんでん」と「とんでん」という2つのパターンがあるのか気になる人がいるかもしれません。ここにはアクセントを決める規則が関わっています。

「とんでん」は「屯田」の音読みなので漢語になります。2字からできている漢語のアクセントは2字目の漢字のモーラ数によってかなり傾向が決まっています。「モーラ」とはおおよそ仮名1字にあたる発音の単位ですが,「きゃ」のように拗音はこれで1つと数えるので要注意です。

  • 1モーラ=全体の1モーラ目にアクセント
    例:きそ(基礎),ちり(地理),ぶつり(物理),しゅうり(修理)
  • 2モーラ=平板型
    例:きばん(基盤),ちじょう(地上),ぶつよく(物欲),しゅうぜん(修繕)

この規則で考えると,「とんでん」は2字目が2モーラ(でん)なので平板型「とんでん」になるのが自然ということになります。

しかし,同時に「とんでん」は名前です。名前のアクセントにも規則性があります。その主要なものにマイナス3規則があります。

  • マイナス3規則:後ろから3モーラ目にアクセントを付与せよ。ただし,後ろから3モーラ目が特殊モーラ(促音,撥音,長音,二重母音の後部)ならばさらに1つ前のモーラにアクセントを付与せよ。

標準語の名前はマイナス3になるか平板になるかです。マイナス3規則に従う地名や人名を上げておきます。

  • マイナス3規則に従う地名:ながの,ながさき,かんざき
  • マイナス3規則の従う人名:かつら,まつうら,しんどう

通名詞が名前になるときも同じで,普通名詞だと梅は「うめ」桜は「さくら」という平板型のアクセントですが,名前では「うめ」,「さくら」と1モーラ目にアクセントを付けます。

「「とんでん」という名前のお店」は東京周辺の人にとっては新奇なものなので元のアクセントは聞かれずこの規則に従って「とんでん」となったと考えられます。

実は「とんでん」のように名前に関する言葉で北海道と標準語でアクセントが違うものはいくつかあります。それについて少し述べておきます。まず具体例を見ましょう。

  • 厚別(北=あつべつ,標=あつべつ)
  • 月寒(北=つきさむ,標=つきさむ〜つきさむ
  • 大通(北=おおどおり〜おおどおり,標=おおどおり)*2
  • 大谷地(北=おおやち,標=おおやち*3
  • 琴似(北=ことに,標=ことに)
  • 夕張(北=ゆうばり,標=ゆうばり

実は上にあげた北海道で発音が違う地名というのは,どれも「マイナス3規則に反する」ものです。その点で見ると北海道方言の一部の名前のアクセントは「マイナス3規則」に反していて,どういった名前が反するのか,統一的な規則はあるのかなど面白そうな問題を提供してくれます。

おまけ:複合名詞アクセントの地域差と境界規則

この他にアクセントが違う言葉の例として次のものがあります。

  • コーヒー(北=コーヒー,標=コーヒー)
  • 椅子(北=いす,標=いす
  • 幼稚園(北=ようちえん,標=ようちえん)
  • 保育園(北=ほいくえん,標=ほいくえん)

保守的(伝統的)な話者だと「オルガン」がオルガン(標準語はオルガン)になるなどもっと例があげられますが,ひとまず比較的若い年齢層でも上の語は標準語と違うパターンになりがちです。

ここでコーヒーや椅子は個別の語彙なので,要するに昔の人がそういう発音だったものが定着して残ったままになっているという程度のものだと思います。しかし,幼稚園や保育園のアクセントは少し問題です。というのも,これらは「〜園」という複合名詞になっているからです。

日本語の多くの方言では単語同士を組み合わせた複合語は後ろの単語や全体の長さなどによってアクセントが規則的に決まります。そしてそのうち支配的なパターンは語の境界の前後にくるものです。

  • 境界の前(〜駅):おたるえき,きょうとえき,たかだのばばえき
  • 境界の後(〜遊び):よあそび,ゆきあそび,にんぎょうあそび

これらから,「複合名詞は境界の前後にアクセントを付与せよ」というアクセントの規則性が見いだせます(ここでは境界規則と呼びます)。ところが,幼稚園や保育園というのはこの規則に反して,境界よりさらに前にアクセントがあります。実は複合名詞の境界規則というのは近畿などそれなりに多くの方言で支配的なものです。

ところが北海道ではこれに反するパターンが出てくるわけです。やはりこれもその出自や統一的な説明などを考えると面白い問題を提供してくれています。

結び:アクセント・イントネーションを楽しんでほしい

「とんでん」の問題はアクセントでありイントネーションではありません。さらに,「とんでん」の標準語アクセントがなぜ「とんでん」なのかは名前のアクセント一般に関わる問題だということを見てきました。

ここでは紹介していませんが,アクセントの問題は特に歴史とも関わる面白いトピックなので興味を持たれた方は比較的読みやすい次の文献を読まれることをお勧めします。

窪薗 晴夫 (2006)『アクセントの法則』岩波科学ライブラリー/アクセントの規則性について豊富な例とともに説明している。サポートサイトに発音例がある。

松森 晶子・新田 哲夫・木部 暢子・中井 幸比古 編著 (2012)『日本語アクセント入門三省堂/記述がかなり詳しく,方言についても詳しく解説されている。

郡 史郎 (2020)『日本語のイントネーションしくみと音読・朗読への応用』大修館/特にイントネーションに重点を置いた詳しい解説。

高山 倫明・木部 暢子・松森 晶子・早田 輝洋・前田 広幸 (2016)『音韻史 (シリーズ日本語史1)岩波書店/アクセントに限定せず日本語の音韻(音声)の歴史について書かれた入門書。ちょっとレベルは高いのですがそれに見合う価値があります。私の書評に目次も含めた簡単な紹介がありますので参考までに。

*1:この説明は一般向けにかなり単純化した区分です

*2:伝統的には「おおどおり」とのこと。

*3:後述する複合名詞も関わる問題かもしれません。

論文へのツッコミ方ざっくりガイド

大学のラーニング・コモンズで学生達が論文を読んで報告する勉強会に混ぜてもらっているんですが,そこで少しお話ししたことのまとめです。

学部3〜4年になってゼミに入って初めて論文を読むなんて人はそこそこいるんじゃないかと思います。論文のないよう報告だけでも精一杯なのに教員や参加者からその論文に対する意見・コメント・反論(ツッコミ)を求められることもあって,けっこう苦戦することは想像に難くありません。

こういうのは一つの練習の機会,つまり失敗できる機会だと思ってくれればいいんですが,やはり自分が言ったことが的外れでないか心配になりますし,そもそも何も浮かばないことだって多いと思います。そもそも「論文へのツッコミ方」なんて明示的に教わることはないし,一般教育の論理学とか取ってもねえ…(論理学が悪いのではない)。

ここでは僕の経験からそういうときのガイドとなりそうなことを言葉にしてみました。車輪の再発明のような気がしてならないのですが,素人考え(layman's view)の一種だと思ってもらえれば。

内のロジックと外のロジック

僕は論文類には大きく「内のロジック」と「外のロジック」の2つがあるんじゃないかと思います。ざっくりと言うと,ロジックが内にいくほど論文内部の問題,外に行くほど論文外部の問題と関わってくるということを意図したものです。これも大雑把なんですが次のようなイメージです。

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論文の内と外

最も内側は攻めづらい

内のロジックの中でも最も内側にあるのは「論文内部の論理関係」です。たいていの論文は大なり小なり主張,根拠,証拠があると思います。例えば次の構造を考えてみましょう。

ダジャレは健康に良い(主張)
    長生きする人はダジャレが好きだ(根拠)
       長生きしているAさんやBさんはダジャレが好きだ(証拠・事例)

論文に読み慣れないうちだとわりと「主張と根拠」ぐらいにしか目を向けないことが多いのですが,正直「主張と根拠」の狭い論理関係で破綻を来す論文に出会うことはほぼありません。上の例で言うと,「ダジャレは健康に良い。なぜなら長生きする人はダジャレが好きだ」ぐらいのところでおかしな論理になっていることは少ないです。

少し外側に目を向ける

論文でむしろ問題となるのは,もっと外側のレベルなことが多いと思います。上の例だと「長生きする人はダジャレが好きだ」という根拠を支える証拠や事例となる「長生きしているAさんやBさんがダジャレ好き」という具体例について適当かどうかを指摘することができます。例えば

  • 長生きしなかったCさんもダジャレが好きだった
  • AさんやBさんはジャズが好きだから,ダジャレじゃなくてジャズが問題ではないか?

という指摘は説明不足や一般化の不備の指摘に繋がります。また同様に

  • 長生きしているDさんはダジャレを言わない人だ

という指摘だと「長生きする人はダジャレが好きだ」という一般化に対する反例となるでしょう(実際の論文はこの辺は数を集めて「長生きとダジャレ好きの相関を出す」ぐらいのことはしているのでしょうけど)。

研究分野の種類によっても変わるのでしょうけど,事例中心だと次のような指摘も考えられそうです。

  • 事例が2人だけでは足りないのではないか
  • 2人から長生きとダジャレを結びつけるのは無理ではないか

どちらも事例が少ない,性急な一般化を指摘するものになります。もっともこの辺はいくつの事例から言えるのか,そもそも数を問題にする話なのかということはありそうです。ただ,比べると2つ目の方が具体性があって良い指摘になるんじゃないかと思います。

もっと広げることもできる

もう少し範囲を広げたところからもコメントを出すことはできます。健康の問題は食品とか他の分野とも結びついているのですから,そういったところの成果との結びつきを考えます。例えば音楽に広げてみたとき

  • ジャズを演奏するのは健康に良いらしい

という成果を知っているなら

  • ジャズもダジャレも即興性が求められるから,即興で頭を使うことが健康と関係あるのでは?

というような指摘もできそうです。逆に範囲が広すぎるのではないかという指摘もできることがあるでしょう。いずれにせよ,この辺までは論文に書かれた分野の研究から応用・適用ができそうです。

外側もまた難しい

一番外側にある「他の現象・事例等からの応用」というのは,健康と関係ない分野の研究での考え方を応用するみたいなことを考えています。これはかなり難しいしアクロバティックになってしまいそうです。また,ここを元から目指すのもちょっと違うのかなと思います。もっとも,異分野の人が混ざる勉強会に関しては別で,そういう始点が期待されているのかもしれませんから,それを説明してみるというのは良いのではないでしょうか。

まずは恐れず言葉にしてみてほしい

色々と書いてみたのですが,はじめに書いたとおり,基本的に学生というのは失敗を許された期間だと思ってもらっていいです。その意味で,せっかくの機会なのだから,色々なツッコミをしてみてもらいたいなあと思います。

また,教員におかれましては学生のそういう気持ちを察して環境を作ることに気持ちを向けてもらえるといいと思います。ほら,オンラインならslidoのような匿名チャットだってあるじゃないですか。

note.com

と最後は自分の過去ブログ記事を参照して終わっておきます。

駆け込み自由研究に「漢字言い換えクイズ」はいかが?(見本付き)

北海道のほとんどの小学校は夏休みが終わってしまったのですが,本州ではまだ夏休みというところも多いと思います。夏休みの自由研究は無事に終わっているでしょうか?まだという方にすぐにできそうな自由研究のテーマを1つ紹介します。

この記事の内容は近刊の拙著『ようこそ!ことばの実験室(コトラボ)へ』の内容を一部改変したものです。この機会に同書もぜひご覧ください。

漢字言い換えクイズとは?

日本語はひらがな,カタカナ,漢字などを使います(はい,いい質問です。アルファベットもありますし,数字もありますね)。ひらがなやカタカナだけで書くよりも,漢字を使って書いた方が他の言葉と区別できますよね。

  • かく
  • カク
  • 書く,欠く,描く,格,核…

漢字言い換えクイズ」は漢字の持つこの特性を活かしたクイズです。

作り方は簡単で,「漢字で書いた言葉のもとの言葉を当ててもらうクイズにする」だけです。ただ,レベルを分けるのがコツです。ここではレベル1は「漢字もひらがな・カタカナもよく使う言葉」,レベル2は「ひらがな・カタカナは使うけど漢字はあまり使わない言葉」,レベル3は「漢字では使わず,創作した言葉」としています。例をいくつかあげてみますので,ぜひ答えを考えてみてください。答えは背景を白にして書いているので選択すると出てきます。また,解説を脚注に書いています。

例題

レベル1(漢字もひらがな・カタカナもよく使う言葉)

  • 運転手(答え:ドライバー
  • 背広(答え:スーツ
  • 飲物(答え:ドリンク

レベル2(ひらがな・カタカナは使うけど漢字はあまり使わない言葉)

  • 単車(答え:バイク*1
  • 電算機(答え:コンピューター*2
  • 受像機(答え:テレビ*3

レベル3(漢字では使わず,創作した言葉)

  • 小怪物(答え:ポケモン*4
  • 仕掛筆(答え:シャーペン*5
  • 甘冷軟(答え:ソフトクリーム*6

便利な道具「類語辞典

ここで役に立つのが類語辞典です。類語辞典とは調べた言葉と似た意味の言葉や関連する言葉が載っている辞典で,シソーラスとも呼ばれます。残念ながら小学生向けのものはないので,電子辞書やウェブにあるものを使うのがいいと思います。

さらにチャレンジ:中国語と比べてみよう

漢字は中国語から入ったものですが,日本語と中国語では使われる漢字が異なってきます。特にレベル3は完全に創作になるのでかなり変わるでしょう。例えばポケモンを私は「小怪物」と書きましたが,中国語では音を取って宝可梦[bǎo kě mèng]にしています。

こうやって,中国語と比べることで,より広がりが出てきます。

見本も作ってみた

実際に作るなら,模造紙のような大きい紙を用意するより,クリアファイルとコピー用紙や厚紙を使うのがいいのではないでしょうか。例えば上にあるクイズなら次のようにできます。

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表紙

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説明文

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問題例。ヒント付き

このように,言葉を使った自由研究というのも色々あり,『ようこそ!ことばの実験室(コトラボ)へ』では20個以上のテーマを紹介しました。ぜひ読んで他のテーマもチャレンジしてみてください。

 

 

 

*1:大人にはなじみ深いのですが,小学生基準ではあまりなじみないようです

*2:小学生的にはコンピューターもパソコンも区別ないだろうからちょっと難しいですね

*3:正確にはテレビ受像機なのでかなり意地悪です

*4:「ポケット」感が出てないなあと思います。

*5:英語のメカニカル・ペンシルから「器械鉛筆」にしてもいいかもしれないけど,そのまんまなので変えてみました

*6:自分で作ってなんですが,難しいです

方言調査をすると「私は方言を話せないよ」と言われる話のまとめとか

長めの前口上

投稿後に少し加筆しました

先日,私のツイートが話題になりました。

2000RT,1万LIKEになり,これぐらい出ると私がアカウントを知らない同僚などから「流れてきたよ」と言われます。

さて,noteの初記事が実は方言ネタで下のようなものでした。

note.com

同じようにおおよそ北から南に眺めてみたいと思います。ただその前に,方言と標準語の関係について少し書いておきたいと思います。

方言がどう受け止められているか

方言は気づかない/気づきにくい

下のように,自分の使う表現が方言だと気づかされる機会というのがあるかと思います。

今回の話は方言学では「気づかない方言」と呼ばれるものが近いです。10年ほど前の記事になりますが,こちらの記事が面白いと思います。

www.web-nihongo.comどうして気づかない方言が生まれるのかという問いに答えるのは難しいのですが,どういう形が気づかない方言になりやすいのかについては『明解方言学辞典』という本の「気づかない方言」の項目(白岩広行さん担当)に「語形は標準語と共通で意味が異なるものが多い」とあります。

dictionary.sanseido-publ.co.jpちなみに私も北海道で終助詞「さ」について調査を行い論文にしたことがあり,一部はブログ記事にしています。

researchmap.jpこの表現について大学生に調査をしたときも,けっこうな割合で方言として気づかずに使われていました。この点はもう少し正確な調査をして論文にしたいですね。

方言に対するイメージ

本来,方言に限らず言語一般の地位は等しいものですが,実際には役割語などに表れるようにステレオタイプがあります。例えば関西方言の使い手は冗談好き,ケチ,ど根性,怖いなどのようなイメージのいずれか(1つには限らない)を持ちます。同じことは九州方言,東北方言にも言え,それぞれの方言に対するイメージがあります。

この言語の持つステレオタイプは方言を使う人に対する差別に繋がるところがあります。「差別」というと大げさに思うかもしれませんが,「関西弁を話すのに面白い話をしない」みたいなことって聞いたことはありませんか? これも本人のコントロールできない「関西出身」という属性が重たくかかっているという点で本質的には変わらないと思います。

それもあり,自らの方言にコンプレックスを持つ人は少なくありません。下の図は木部暢子ほか(2013)『方言学入門』(三省堂)に掲載されているもので,方言に対する自己評価を表しています。

www.sanseido-publ.co.jpこれを見ると,北関東や甲信越などは方言が「恥ずかしくて」「嫌い」と評価しています(斜線)。その一方で東北や九州などは「恥ずかしい」が「好き」という評価で興味深いところがあります。 

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やはり自らの方言に誇りを持ってもらえる世の中が僕はいいと思います。

調べるときにはどうしているのか

こういったこともあるので,私が調べるときには「その地域で使われている言葉を研究していて,文を翻訳してもらったり,少し会話をしてくれたり,言葉の使い方に関する質問に答えてくださる人を探しています」みたいに伝えて,「方言」という言葉を使わないようにすることが多いです。それでも結局「ああ,方言を教える人ね」と言われてしまいがちなんですが。

話者も会話する,質問に答える,書き起こしで適切な助言をくださるなど得意分野があり分業になりがちで,実際の調査ではそのあたりを見極めるということも必要になります。なおこの辺は下地理則さんの日本言語学会夏期講座でのフィールド言語学の講義によるところです。また,テキスト書き起こしは別の話者だとなおよいという話が「方言フィールドワーク」(『私たちの日本語研究』定延利之(編))にあります。

www.academia.edu

www.asakura.co.jp

このような話を踏まえて,各地の方言を見て,多様性に思いをはせたり,自分の方言での言い方を考えたり,方言間の変換方法を考えてもらったり楽しんでもらえればと思います。

 

 東北

青森

 

 

 

 

秋田

 

 

福島

  

宮城?

 

山形

  

関東

群馬

 

茨城

 

 

栃木

 

東京/神奈川

 

 千葉(房総)

 

北陸

金沢

 

 

東海

静岡

 

 

 

 

 

 

 

  

愛知

 

 

 

  

信越

新潟

 

山梨

 

長野

 

 

不明

 

近畿

滋賀

 

京都

  

大阪

 

 

 

 

和歌山

 

兵庫

 

 

 不明

和歌山?

  

和歌山?

 

大阪?

  

滋賀?

 

不明

 

不明

  

中国

岡山

 

 

鳥取

 (鳥取

 

島根

 

 

  

広島

 

 

 

山口

  

 

四国

愛媛

 

高知

 

不明

 

九州

福岡

 

 

 

 

 

 

佐賀

 

 

長崎

 

大分

 

  

熊本

 

 

 

鹿児島

  

 

不明

福岡?

 

熊本?

 

熊本?鹿児島?

 

不明

 

 

 

 不明

西日本?

 

オンライン学会のポスター発表をどうするか?

何の因果か,2つの学会で大会関係の委員を引き受けることになりました。どちらでもオンライン大会のことを主に担当する感じです。新しもの好きなところがあって,思いつきのまま動くので,振り回される人が増えてしまうのを不幸に思いつつ,僕なりに思うところはあるので,いろいろ考えてみてます。

その一つがポスター発表についてです。最近は言語学系の国内学会でもポスター発表が根付いてはきたように思います。根付いたといっても大会によってばらつきはあり,20件近く集まることがあると思ったら,別の大会では2〜3件ということも珍しくなく,まだあまり選ばれない形式だよなあとは思います。

オンラインでの発表は口頭発表ならzoom一択という感じになってきているように思います。でもポスターに何を使うかは正直試行錯誤な感じがします。僕の方でいくつかサービスを試したんでそのレビューを簡単にしておきます。

zoom:質問が出にくいので対策が必要

口頭発表と同じようにzoomを使うという選択肢があります。発表者はずっとポスターを画面共有して表示させておく,質問はマイクやチャットになります。これは設置側はzoomの管理に集中できるんでけっこう楽なんです。

難しいのはzoomは参加者がいるわりに質問が出にくいところ,ポスターの場合,実地だったら誰か来て眺めたと思ったら「ちょっと説明しますか?」なんて会話が始まるんですが,zoomはそういう感じじゃないですね。あと,参加者側で拡大するのをあまりやってくれない(機能としてはある)ので,「ここ拡大して」なんて言われたり。

僕が発表したときは「ポスターはパワポかPDFをずっと共有」というルールだったため,パワポの中にブラウザを埋め込みslidoで質問を受け付けてそれに答え続けるラジオの公開放送スタイル(または脱法ポスター)でやっていました。

note.comさらに,発表のための特設サイトを自分の別のブログに作ったりして宣伝と情報の集約に励みました。

researchmap.jp

このスタイルはマイクでの質問が出ないことが気にならないので発表者としてはやりやすかったです。100人ぐらいいたと思いますが,聞いてる人からするとどうだったのかちょっと不明なところが怖いです(苦笑)。

Remo:人数制限がなにげに辛い。あと高い。

Remoを使ったポスター発表は発表側というより運営側としての関わりが強かったので,どうしてもそちら寄りになってしまいます。昨年運営に入った言語学フェスではRemoを使ったポスター発表会を行いました。

こちらが告知で

note.comこちらが報告

note.comRemoはブラウザで動くビデオ会議システムで,1フロアに2〜6人ぐらいの定員のテーブルが20ぐらいあります。1テーブルが少人数なのでたいていの人はマイクとカメラを入れて話してくれます。ここを使ってポスターをしようというのはまさに音声と映像でのコミュニケーションをオンラインでもやろうという意図によるものでした。

Remoのホワイトボード(miroという別サービスを取り込んでいる)は本当に多機能で,画像だけでなくPDFを埋め込めこんだり付せんを貼ったりもできます。これを使いこなせばたぶん実地のポスターとはまた別の次元での発表ができると思います。

ただRemoでの発表も欠点はあります。例えば

  • 最初,全然知らない人のテーブルに放り込まれる
  • ぼっちになれる場所がない
  • テーブルが満員で聞きたいポスターが聞けない

といった声はいくつも聞きました。あと,これは運営側に経つと,

  • Remoは高い

という問題があります。フェスは参加人数が200人を超えそうになったので,Producerプランというものにしました。これがだいたい8万円です。1回きりのイベントに使うにはやや高額だなあと。

SpatialChat:現在の最適解?

SpatialChat(スペチャ)はRemoのようにブラウザを使うビデオ会議システムです。アイコンをマウスで動かして移動します。特徴は次のとおりです。

  • アイコン同士が近づくとカメラオンになりマイクの声が大きくなる
  • 動画の近くにアイコンを置くと動画の音声がよく聞こえる
  • リアクション(絵文字,吹き出し)を使うことができる
  • 自分で画像,動画(YouTubeなどの外部),テキストなどを貼り付けられる

これはRemoのように人数制限もなく,部屋の中に直にポスターが見えるので,雰囲気としてはかなり実際のポスターっぽくなります。

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スペチャの画面

なにげにzoomやremoと大きく違うのは「周りの声が自然に聞こえる感じ」があるところだと思います。声の大きさはアイコンの近さによって決まるので,誰かと話していても少し離れた人の声が聞こえてきます。これはzoomやremoのように話す主導権を気にすることが必要なくなるという点でいいのかもしれません。

先日ちょっと個人的に呼びかけて体験会をして15人ほどご参加いただいたのですが,評判も上々だったので,運用を詰めればけっこう全国規模の学会でも使えそうだという感触が得られました。

実際,学会発表で使った例や

www.jcrs.jp報告の記事なんてのもあります。

mera85326b.hateblo.jp

というわけで,ひとまずスペチャはかなり使えそうというところが結論です。まだコロナ禍は収まりそうもないので少しでもストレスの少ない交流ツールを使って,繋がりを持ち続けていければなあと思います。

 

 

 

 

科研費研究種目の変遷を可視化してみた

大学で研究者をしているのですが,研究費はほぼ一律に大学からいただくもの(基盤的経費)と,国などから審査を経て採択されていただくもの(競争的資金)があります。昨今の研究業界では基盤的経費を削減し,競争的資金を増やそう(でも全体の資金は減らそう)という流れになっています。

競争的資金の中でも特に多いのは科学研究費(科研費)と呼ばれるもので,日本学術振興会(学振)や文科省厚労省などから支給されます。このうち,学振や文科省からのものについてはkakenというサイトで検索して研究課題や結果報告などを見ることができます。

kaken.nii.ac.jp

今回,ちょっとTwitterでやりとりをしている中で科研費の歴史を可視化したものがないかという話が出ました。幸いにしてkakenサイトから情報をコピーすることができたので作ってみました。

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科研費の歴史チャート

転換点は96年ごろ?

このチャートを見ると,科研費の歴史的な転換点が1996年から2002年にかけてあったことが分かります。ちょうど,一般研究が廃止され基盤研究になったところです。科学政策が専門だったりすると,この辺で誰がどういう提言をしたとかが分かるのでしょうかね。ちょっと興味深いです。

はてなだとエクセルファイルを直に置けなさそうなので,researchmapに置いておきます。よかったらダウンロードしてください。

researchmap.jp

さて,あとは作り方をメモしておきます。要はテキスト編集とエクセルでのガントチャート作成です。作り方に興味ない方はここで終わりでけっこうです。

情報をコピー

kakenには詳細検索があり,そこから「研究種目を参照」を押すと過去から現在までの研究種の一覧が出てきます。

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研究種目の一覧

正規表現を使って整形

幸いにして種目と年度の情報がテキストになっているので,コピーしてエディタに貼り付けます。

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エディタ画面

ひとまずエクセルなどに貼り付けて使えるようにしたいので不要な部分を削除したり置換したりします。行頭のスペース(タブ)は明らかに不要なので削除です。種目<タブ>開始年度<タブ>終了年度にすればいいかなと思うので,年度の左にある ( と〜をタブにして,右端の)を削除します。私はワイルドカードを使って次のようにしました。

1 \(([0-9]) → \t  ※数字の左にある開き丸カッコをタブ文字に置換
2 〜 → \t ※〜をタブ文字に置換
3 \)$ → ※行末の閉じ丸カッコを削除
4 ^     → ※行頭の半角4字を削除

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整形後

エクセルで条件付き書式を設定

そしてこれをコピーしてエクセルに貼り付けます(現行の種目には終了年がないので2021を補うのと,並べ替えたあとに元に戻せるよう左端にIDを振ってます)。そして,開始年で並べ替えると最も古いのが1965年だと分かるので,横に1965から2021まで作ります。

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エクセルに貼り付け

次に空白のセルを全て選択します(今回はE2からBI76)。この状態で,「条件付き書式」から「新しい書式ルール」を選択し,スタイルを「クラシック」にします。そして,「数式を使用して,書式設定するセルを選択」を選びます。数式は開始年以上,終了年以下になるようにします。また基準のセルは最も左上のE1とそれに関連するC2,D2になります。具体的にはAND関数を使って,次のようにしました。

AND($C2>=E$1, $D2<=E$1)

セルの書式はとにかく背景が変わるようにすれば大丈夫です。

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条件付き書式の設定

この状態でOKを押して完成です。