コトノオト

「言葉」だったり「出来事」だったり,「音」だったり「ノート」だったり

コトラボ(ことばの実験室)作成記

これは「言語学な人々 Advent Calendar 2021」の1日目の記事として書かれました。

今年の8月に『自由研究 ようこそ!ことばの実験室(コトラボ)へ』が出版されました。はじめは「マンションの名前には何語が多いか」という記事を書こうと思っていたのですが,いろいろと気が変わり,本のことを書くことにしました。

f:id:yearman:20211130173351j:plain

コトラボ書影

ブログからお話が来た

もともと私の興味関心のひとつに科学コミュニケーション(サイエンス・コミュニケーション)がありました。科学コミュニケーションというのは,科学の課題について一般市民にも考えてもらいつつ,科学者(研究者)が社会の思いを知るためにとるコミュニケーション活動だと考えています。

理工系を中心にサイエンス・カフェが開かれることが増えましたが,施設の一般公開や市民向け講演会などもそういった活動に位置づけられると思います。考えを広げていけば,授業で自分の専門分野を面白く思う,理解する人を増やすことだって大学研究者ができる科学コミュニケーションだと言うこともできるでしょう。ちなみに展示に関してはコロナ禍前になりますが,大学祭でアウトリーチイベントをやりました。

note.com

私の場合,ブログ記事を書くことも今ではひとつの科学コミュニケーションだと思っています。何か言語学・音声学のことが話題になったときに解説を書いたことが何度となくあります。令和のアクセントの記事はかなり早く書いて検索でも上位に来ていたのですが,researchmapのバージョンアップに伴い一時的にgoogle八分状態になった結果,だいぶ下に…

researchmap.jpまた,フィールドワークにより収集したデータを扱う関係で次のような記事を書いたこともありました。

researchmap.jp

そんな記事のひとつに「自由研究」ネタがあります。子供が小学生になる前から,小学校の自由研究のネタが理科や社会に偏ってることは気になっていました。そもそも自由研究のネタで検索しても理科,社会ばかり出てきます。国語だと漢字の成り立ちやことわざをたくさん書くというようなものがほとんどで,言葉を分析するようなものは皆無でした。で,それなら自分で考えるかと思い2017年にブログ記事を書いていました。

researchmap.jpその後,たびたび注目していただけたんですが,別のもう少し具体的なネタでもというのと,コロナ禍で自宅でも簡単にできるものと思いこちらの記事を書いたのが2020年。

note.com

そうしたところ,2020年8月にひつじ書房の森脇さんから7連発の記事をもとに本を出さないかというお話をいただきました。

このときは忘れていたのですが,私が金田一賞を受賞したときに次の目標として考えていたことのひとつが「誰も見たことのないような入門書・一般書を書く」ということでした(他は秘密)。でも,専門の音声学は川原繁人さんの三部作(岩波本書評1ひつじ本書評2三省堂本)がありますし,言語学一般は広瀬友紀さんのすばらしい本があります(書評[PDF])。方言も木部先生の本があります。私が何か書くにしても,これらに匹敵するものが書ける自信はありませんでした。そんな中,本書は(ある意味で)入門書になっているのですから,思いがけない形で目標が達成できたことになります。

刊行日へ向けて猛ダッシュ

というわけで,企画が走り出し2021年1月に最終原稿の締切が設定されました。この時点で締切まで半年を切ってます。締切間近にならないと仕事が進まない,そう私はギリギリス…というわけで,毎月一定数の原稿を出すということで進めていきました。はじめの3か月はどうにか締切に原稿を出せていたのですが,それでも少しずつ負債は溜まってしまい,どうにか1月末には全て出しきったものの,その後の修正もあり出版は遅れました。

ネタは持っていたんですか?

本書を出したときに聞かれたのですが,収録したものについては全てがもともと考えていたネタだったわけではありません。企画の話をいただいき本決まりになる前に目次を考えたのですが,そのときにこれなら行けるのでは?と考えたものが多かったように思います。

ひとまず,企画スタート時に形になっていたかを3段階(◎=何か書いていた,○=なんとなく行けそう,△=見通しは特になし),各テーマが言語学・日本語学でどのようなトピック・キーワードと結びついているかと関係しそうなので,それとともに書いてみます(これですら今思いついてますよ)。

1 単語のしくみ
 「ことばの意味」クイズを作ろう 【語釈/◎】
 キャラクターたちはどう話してる? 【役割語/△】
 漢字だけ文を書いてみよう 【機能語/○】
 あの人の呼び方から考えよう 【人称/△】
 くっつけることばは何が違う? 【語種/△】
 にん?じん? 【字音/○】

2 音のしくみ
 点が付くと何が変わる? 【音象徴/○】
 名前を縮めると…? 【縮約/○】
 多い音はどれ? 【音の偏り/△】
 隠れた「っ」を探せ! 【促音/◎】
 5・7・5仲間はずれはどこにいる? 【モーラと音節/△】
 上がるの?下がるの? 【イントネーション/○】
 「ん」ばかりことばを作ろう 【撥音,同化/△】

3 文・会話のしくみ
 いくつ意味がある? 【木構造/○】
 「た」を変えてみよう 【時制/△】
 「は」と「が」はどう並んでる? 【情報構造,主語と主題/△】
 始まりのことばを考えよう 【フィラー/○】
 世界のことばの並び順はどうなってる? 【語順/○】
 並べ替えられないことばを探そう 【慣用句/○】

4 さまざまな言葉
 ひらがなのいろいろな書き方を集めてみよう 【字形/△】
 地域のことばを調べよう 【方言/○】
 「桃太郎」を読み比べてみよう 【文体/△】
 世界の言語で「日本」は何と呼ぶのか? 【発音の多様性?/○】
 手話のことを調べよう 【手話言語/○】
 建物の名前を集めてみよう 【外来語,言語景観/△】

こうやって書いてみると,なんとなく行けそうという見込み発車だったことが分かります。実際,例えば手話のことは高嶋由布子さんにサイトや制作者をご紹介いただきましたし(それまではNHK「みんなの手話」を使おうとか考えてた)。

あのコラムは突然に

本書にはコラムが6本入っています。

 呼び方は変化する
 ひっくり返す言葉
 高く平らなイントネーション
 言わないあいまい文
 固く結びついた言葉
 言葉の使い方で作者が分かる?

実はこれらはどれも予定されていませんでした。もともとコラムを入れたいとか,これはコラムにというようなことはあったのですが,最初の段階では間に合わず特に入れていませんでした。ただ初校が来た段階でいくつかのページにけっこうすき間があり気になったので,急遽入れることにしました。

そういうわけで,これらのコラムはスペースと相談しながら分量を決め,(全部合わせて)1-2日で書き上げました。ネタはあったのでサクサク書けたのですが,健康に悪い書き方です。

今後どうしたいか?

本書は「自由研究」と銘打っていることからも分かるように,小学生向けに書きました。ただ,私の悪い癖というべきか,ひとりで読むにはちょっと難しいです(いや,大人と読むことを想定していないわけでもないのですが,それでもね)。

また出版も結局8月の後半になったので,販促的にもイマイチというのが実感です。できたら来年の夏に小学生向けのオンラインイベントとかできたらなあと思っています。あわよくば人文系で自由研究をする流れができるといいのですが,そのためにはまず私の本が売れないといけませんね(はい,がんばります)。