「地頭」っていつから使ってた?
この数年で「地頭(じあたま)の良いヤツには叶わない」とか聞くようになったのはいつだろうかと考えることがあります。調べてみると2007年に出版された『地頭力を鍛える: 問題解決に活かす「フェルミ推定」』という本が広がるきっかけとして大きかったようです。
地頭の意味に疑問
これは単なる私個人の感覚ですが,「地頭」って「鍛えられる」もんなんでしょうか。おそらく地力,地声,地毛のように「ありのまま」のような意味に馴染んでるせいで,「鍛える」とはコロケーションを作らないじゃないというのが頭をよぎります(地顔(素顔のこと)なんてのもあるんですね)。
ちなみにだいぶ前ですが,アンケートで「30歳になった人が地頭を鍛えて良くなるか聞いたところ,4割ぐらいは「ならない」と答えてます。
【直感で答えてアンケート】「地頭」は30代でも鍛えたら良くなりますか?
— まつーらとしお (@yearman) 2021年5月9日
とは言うもののここまで広がってるのだから「鍛えられるもの」としてもまあしゃあないですね。
で,さらに私としてはこの言葉がいつから広がったのかも気になるんで,それを調べてみました。ある言葉がいつから使われたのかを調べるなら『日本国語大辞典』を使います。この辞書は初出例を紹介しているのでとても便利です。でも「じあたま」で調べてもこのようなビジネス的なものはなく,「かつらなどのない状態の頭」が出てきます(あったのか!)。
このようにビジネス用語(っぽいもの)はなかなか語誌を辿るのも難しいところがありますが,大学のデータベースで調べられる限り調べてみました。
タイトルを探す
国立国会図書館サーチでタイトルに「地頭」を付けていた図書,雑誌を探したところ,雑誌記事でヒットした最も古いのは『プレジデント』の2004年の記事。
書籍だともう1年前までさかのぼることができました。
中島孝志 (2003)『地頭が強い人間は仕事ができる: 35歳までに必ずやっておくべきこと』小学館
想像していたより前でした。
本文を探す
当然のことながら,タイトルより先に本文で使われているでしょうから,それも探してみることに。大学と契約している日経BPの本文検索を利用すると,最も古いのは『日経ビジネス』1991年11月11日号の記事でした。
読むと2行下の「地声」と対比的に使われているようにも見えます。
新聞では日本経済新聞の2001年7月17日掲載のインタビューに登場しています。話し手はレインズインターナショナル社長の西山知義さんです。
” ”を付けていることからこの使い方がまだそこまで一般的なものではなかったことが伺えます。
長島と能登島:杉藤美代子先生に憧れて
この記事は「言語学な人々 Advent Calendar 2022」の1日目の記事として書かれました。
(2022/12/01 8:57追記)「遅下がり」について加筆しました。
柴田さんと今田さん
私の尊敬する言語学者・音声学者のひとりに杉藤美代子先生(すぎとうみよこ,1919-2012)がおります。今ではPraatに代表されるソフトウェアが充実し,音響音声学的な分析はもはや常識となっていますが,杉藤先生は1960年代には機械を用いた音声分析を行っていました。また,企業と協力し,SUGI SpeechAnalyzerという手軽に音響分析のできるソフトを開発していました。
杉藤先生の業績のうち,特にアクセントの物理的動態の分析に関しては他の追随を許さないと言ってもいいと思います。例えば,日本語のアクセントは高さが弁別的であるというのは常識ですが,本当にそう言えるのかは議論があり,イルジー・ネウストゥプニー「日本語のアクセントは高低アクセントか」(1966)では遅下がりという現象を証拠に強弱も弁別的特徴に入れなければならないと主張されています。遅下がりというのは,アクセントの下がり目(核)が分節音(母音)よりも時間的に後ろにずれる現象です。下の図は「ア\ラタナ(新たな)」という発話の音声波形(上)とfo(ピッチ,下)です。これを見ると,アクセントのある第1モーラ*1のアよりも第2モーラのラの方が高く下がり目もそちらにある,すなわちアクセントがあるはずの音節よりも音響上のfoの屈曲点(下がり目)が後ろにずれていることが分かります。しかし,音声を聞いてもおそらくア\ラタナと聞くでしょう。
ここから日本語のアクセントにとって高低(だけ)が本当に弁別的特徴と言えるのか疑問が出ました。
これに対して杉藤先生は1972年の論文「"おそ下り"考--動態測定による日本語アクセントの研究」において,foの傾斜や動き方(動態)を丁寧に観察し,遅下がりが見られるのは第1モーラにアクセントがあっても日本語では強さが伴わないこと,第2モーラが下降動態のときに第1モーラに下降があると聞こえることを示しました。さらに,録音した音声を切り取り合成した音声を用いて(これ,1970年代初頭の発表なんですよ!),強さを変えても聞こえに変化がないことを明らかにしました。
このように,杉藤先生は日本の音響,知覚実験に基づく音声研究のパイオニア的存在とも言えます。そんな杉藤先生は7冊の著作集が刊行されていて,そのひとつが『柴田さんと今田さん』というものです。これは1982年の論文を改訂した「柴田さんと今田さん:語音とアクセントの関連」に基づいています(1998年刊行)。
この論文は先ほどのような音響・知覚実験ではなく,ご自身のアクセント調査から,子音や母音といった語音とアクセントの配列に相互関係を見出しています。
東京や大阪の人なら「柴田さん」と「今田さん」に見られる発音上の違いが大きく2つあることが分かるでしょう。ひとつは「田」の発音が「タ」になるか「ダ」になるかです。タとダの違いは清濁と呼ばれるもので,特に複合語の後ろの要素になったときに清音から濁音に変わる場合には連濁と呼ばれます。もうひとつの現象はシ\バタさんのようにアクセントがある(下図では頭高アクセント)か,イマダさん ̄のようにアクセントがない(下図では平板アクセント)かです。ちなみに私の知る限りだと長崎や天草本渡方言でもアクセントの区別があります。
この論文のすごさは国立国語研究所の先駆的名論文翻訳シリーズのひとつとして英訳化されていることからも分かるかと思います。
この論文では「田」の前に付く言葉の音の配列によって,田の清濁や全体のアクセントが決まると主張しています。「田」の清濁とアクセントについて,杉藤論文を受けてより多くのデータに基づいて書かれた佐藤大和「音韻およびその配列とアクセント:「柴田さんと今田さん」その後の考察」(2006)は次のようにまとめています。
図だけでは少し分かりにくいかもしれないのでいくつか例を示します。まず,タイトルにある「柴田」であれば,第2音節の子音は/b/,すなわち有声子音になるので「田」はtaで頭高アクセント(○\○○)となります。次に,今田のように第2音節が鼻音/m/の場合,第1規則で濁音daと頭高アクセントの組み合わせになることが期待されますが,次に第1第2音節の特徴のうち狭口(i, u)→広口母音(a)という組み合わせ(今=ima)に該当するため,平板アクセント(○○○ ̄)となります。
こういった交替があるのは第2音節が有声子音か鼻子音のときに限られます。例えば「深田」も/fuka/という狭口→広口母音という組み合わせですが,第2音節が無声子音/k/であるので母音に関する第2規則は適用されず濁音と平板アクセントの組み合わせフカダ ̄となります。
「島」でデータを作ったので分析してみた
このように,「田」の清濁やアクセントはその前に来る音節の情報を組み合わせて決まります。それでは杉藤論文や佐藤論文で指摘された語音と濁音・アクセントの関わりにはどれだけ日本語音韻論の中で一般性を持つのでしょうか。これを検証するには「田」の他に同様の現象を探すことがひとつの手掛かりになります。
その手掛かりになるかと思い,私は(姓ではなく)地理の「島」についてデータを作ったので,その結果をごく簡単に報告します。ただ,まだこの分析は始めたばかりで結果ははっきりと出ていません。また,アクセントの問題については今回資料が揃わないのでほぼ扱わず,清濁に集中します(ごめんなさい)。
データとして「●●島」の読み方が必要となるので,「島日より,旅日より」というページにある日本の離島一覧を利用しました。
shimatabibiyori.comこれをエディタで整形して読み方の情報を得たほか,いくらかの音韻的な情報を加えました。このデータは以下のサイトで公開しています。
それでは「島」の清濁を見ていきましょう。
長さが大事
「島」の場合,第一に長さの効果が見られます。前の長さに注目して数えた結果が下になります。
「島」の前が1モーラの場合,「小島(おしま)」や「端島(はしま)」のように31例が清音,ただ1つ愛媛県の「戸島(とじま)」だけが濁音になります。ただし高知県の戸島は「としま」と清音なので例外的と言ってもいいかもしれません。また,前が2モーラの場合も,「稲島(いねしま)」や「大島(おおしま)」のように129例が清音,「犬島(いぬじま)」や「詩島(うたじま)」のように42例が濁音と清音の傾向が強いです。前が1モーラのときに比べて濁音の例が増えています。最後に,前が3モーラ以上の場合,清音が78例,濁音が174例と濁音が優勢です。前が2モーラ,3モーラの場合についてもう少し見ていく必要があるでしょう。
字数の効果
それでは前が2モーラで島が濁音になる場合の傾向を見ていきます。実は42例のうち「能登島(のとじま)」や「保戸島(ほとじま)」のように前が2字からなるものが22例を占めます。それに対して前が2モーラで2字の場合,清音になるのは22例で,半々となります。半々ではどちらになるか分からないじゃないかと思う人がいるかもしれませんが,2モーラでは清音が優勢なので,全体の傾向から考えるとこれは特異な分布です。さらに分析します。この清音になる22例のうち,後で言及する規則により清音となると説明できるものが14例あるので,「2モーラ2字なら濁音」という規則の例外と言えそうなのは8例です。
このように,2モーラの場合には字数の効果も見られるわけです。ちなみに2字であることでなぜ濁音になるのかは少し難しいです。推測になってしまいますが,前が3モーラ以上のときように「長く」感じて濁音にしたのかもしれません。
撥音は強い
他の効果として強いのが撥音(ん)です。「島」の直前が撥音の場合,長さにかかわらず全ての例が濁音すなわち「じま」になります。日本語で撥音の後ろは濁音になりやすいことはよく知られており,それがここでも成り立つわけです(当然「田」にも成り立つ)。
濁音嫌いの濁音
前が2モーラ1字(127例)のときの「島」の清濁に強く影響するのは2音節目の清濁です。「帯島(おびしま)」や「長島(ながしま)」のように2音節目が濁音の場合,14例全てが清音になります。つまり,濁音は直後に濁音が来ることを嫌います。これは似たような傾向がやはり日本語全体で見られます。例えば外来語のチーム名(ス・ズ)を考えたとき,英語のルールとは異なり「カブス」や「ブレーブス」のように濁音で終わるときには「ス」がつきます(この現象は立石浩一先生が最初に指摘)。
濁音の連続を嫌う傾向は前が3モーラ以上の場合についても言えます。前が3モーラ以上で第2音節が濁音の場合,清音が25例,濁音が18例です。少し弱い傾向に見えるかもしれませんが,清音で終わる場合には清音が53例,濁音が144例と反対の分布になることから支持できるかと思います。
濁音を嫌う個別のケース
前が3モーラ以上の清音では「島」は濁音となる傾向があります。最後に,それでも「島」が清音になるの場合を見ておきましょう。ひとつは「能古島(のこのしま)」や「生野島(いくのしま)」のように前が「の」の場合です。これは「の」を「私の本」や「大学の成績」のような属格という意識が影響したためと思われます。実際「湯ノ島」や「中之島」のようにそれ由来と思われるものが散見されます。
また,「伊豆大島(いずおおしま)」や「奄美大島(あまみおおしま)」のように「大島」が付いている場合も清音になります。もともと「おお」は全て清音となるので,それが出てきているケースです。
「おお」については発音上同じはずの「おう」は「奥武島(おうじま)」のように濁音となっているのと対比的なところが少し面白いと思います。ちなみにこういう母音を伸ばす音を長音と呼びますが,「田」の場合は長音の後ろは原則濁音ですが,例外的に「大田」は清音となり,やはり共通しているのも面白いところです。
まとめと今後の見通し
以上のように,「島」の清濁を決める条件は「田」の場合よりもやや複雑でした。それでも「濁音の連続を嫌う」「撥音の後ろは濁音のみ」という点は共通して見られました。これらの結果の一部をまとめると下の図のようになります。
はじめにも書いたとおりここの分析はアクセントを入れていません。「島」の場合もアクセントと清濁に相関があるのかはしっかり複数の話者に調べて検討する必要があるでしょう。また,母音についても考慮していない点は気になります。最後に,人名の「島」とも分布が違いそうで,異同もあるのかは確かめる必要があるでしょう。その場合,なぜ地名と姓で異なるカテゴリーを作るのかを考える必要があるでしょう。
*1:韻律の単位で,日本語だと言葉の長さを数えるときに使われやすく,ほぼカナ1文字に相当する
北星アカデミックサロン2022の記録
勤務先の北星学園大学で10月10日に行われた星学祭(大学祭)にて「北星アカデミックサロン2022」という研究展示イベントを行いました。
researchmap.jpこのイベントは私自身のアウトリーチ実践研究の一環としてやっているのですが,趣味でやってるのも否定しません。昔からお祭り好きですから。ちなみに前回の記録はこちら。
コロナ禍に入り星学祭が中止だったりオンライン開催だったりでこのイベントもお休みしていたのですが,今年は無事に現地開催されたので参加申込しました。
イベントの内容は「研究ポスター展示」と「ミニセミナー」からなっています。研究ポスター展示は大きく分けて「研究紹介ポスター」,「過去の発表ポスター」,「授業プロジェクト等のポスター」の3種類があります。テーブルに付せんを用意し,そこに感想などを書いて貼り付けてもらうようにしました。いくつか書いてくださり感謝です。
「ミニセミナー」は自分の研究などを一般向けに話してほしいというゆるい(雑な)お願いをしました。実はこの来客数の伸びに悩んだのですが,最後のセミナー(髙橋あすみ先生)はけっこう見てくださったと思います。
だいたいの運営方法は前の記事(note)に書いたので,今回の記事は反省や次にどうしたいかという備忘録になります。
来客数の減少対策
星学祭全体がどうか分からないし,私も特別記録をとっていないのですが,体感では2〜3割ほど来客が減ったように思います。ひとつに会場としていたセンター棟も含め館内の飲食が禁止だったことがあります。私がセンター棟を使う理由の1つが,来客者が出店で買ったものを食べる場所,つまり休憩所として使われていたことがあります。研究展示を積極的に見に来てくれる人の数は期待できないでしょうから,「ついでに」見てくれることを期待したわけです。
しかし,今回見ていた限り休憩所として使ってくれる人そのものが減っていました。2019年から何かを変えたわけではないのですが,パンフレットに「館内飲食禁止」のように書かれたこととか響いているのかなと思いました。
コロナ対策として考えると,カフェもとなりにあるのだから,交渉の余地がありそうです(そういう対策がなくなるのがベストなのは言うまでもない)。もっと言うと,例えば熱湯やコーヒーだけ用意して積極的に休憩所としても売り出すとかも考えた方がいいのかもしれませんね。まさにサイエンスカフェです。
動画の活用に活路を見出す?
今回,阪井宏先生が海外短期実習の報告としてポスターと動画を出してくださいました。ちなみにポスターは学生の書いた原稿をもとに松浦がデザインしてます。ふふん。
なお会場には大型スクリーンとモニターがあり,モニターを使って動画をループ再生していました。モニターは音声が出ているのもあり,けっこう足を止めて見ている人がいたと思います。
はじめは阪井先生の動画だけ流していたのですが,複数あるほうがいいかと思い直し,私の研究紹介動画も入れて順番で再生するようにしました。
考えてみたら,オンライン授業やオンライン発表で研究者の動画作成スキルは上がっているのですから,それを活用して例えば5分以内で動画を作ってもらいそれを提供するなんていうのもやってみたらいいのかもしれません。
学生による研究プロジェクトを掘り起こす
上に書いた阪井先生の他にも学生主体の研究を出してくださったケースもあります。経済学科の藤井康平先生(環境経済学)のゼミが作成したポスターがそれにあたります。これも頂いたスライドを私がデザインしました。ふふん(しつこい
学部生の研究発表だって大学の研究ですし,最近は学生だけで国際学会に発表するケースなんてのもあります。
www.hokusei.ac.jpこういった活動を紹介してもらうというのももっと広げたいところです。
来場してくださった先生と話したのですが,実は北星にはゼミの中やゼミをまたいで複数のプロジェクトが動いていることがあります。私が把握できているものでは例えば経営情報学科の鈴木克典先生のゼミには清田区の飲食店を紹介するInstagramアカウントを運営したり,東北応援イベントを開催していたりします。
こういったプロジェクトはともすると"いわゆる研究活動"とは別のものと切り離されがちですが,事前に状況等を把握し,計画,実行,ふり返りしていく過程はまさに研究ですし,それを発信することには十分「研究のアウトリーチ」としての価値はあるでしょうから,勧誘していきたいですね。
研究へのたどりつき方ガイド(試作版)
北星の学生ってなかなかやるんですよ
勤務する北星学園大学には学生の自主的な活動に対してお金を出すしくみがいくつかあります。
cgw.hokusei.ac.jpこの助成に採用されると活動資金が出るのですが,その代わり年度末に活動内容を報告します。今日はその報告会がありました。
cgw.hokusei.ac.jp発表された3件の活動はどれもすばらしいもので,私自身が学部生だったときよりもよく勉強しているなあということがよく分かりました。だって,例えば学部生で国際会議に参加(聴講)するなんて僕のときには考えられませんでしたから。
研究までたどりつくと(もっと)よかった
さて,その中のひとつに「規格外野菜の廃棄を減らすための啓蒙」とでも言うべき取り組みがありました。これは実習授業の中で出てきた社会的な問題について自分たちで考えて取り組みを行ったもので,こういうことができる人を本当に尊敬します。
今回の発表会は匿名チャット(slido)を使って質問ができたのですが,私の方からは(匿名だったのだけど)「海外での規格外野菜の廃棄に対する取り組みはあるのか?」と関連して「規格外野菜を英語で何と呼ぶのか」という質問をしました。はい,これ,発表グループが2年生だったことを考えるととてもレベルが高いというか意地悪な質問です。意図を書くと,「規格外野菜が問題になっていることを農家での実習で知った」というところで,もう少し空間的な視野を広げてもいいよなあということがありました。それなら日本の他の地方について聞いてもよかったですね。
そんなわけでこれには「分からない」という回答でした(分からないときちんと言えることは良いことですよ)。ただ1年生にレポートの書き方を通じて研究入門的な所作とでも言うのかそんな科目を担当している身としてはもうちょっと自分の回りで生じた疑問を研究に繋げてほしいなあとは思います。でもそれってきちんと言語化して教えてないというのも否定できません(ごめん)。なので,そのざんげとともに,私だったらこうするということをメモ代わりに書いておきます。
Googleであたりを付ける
分からなければGoogleさんに聞くというのは基本としてあります。でも単に「規格外野菜」と検索しても,信用できるか分からない情報も含まれてしまいます。今回は英訳を知りたいのでGoogle翻訳を使う手があります。早速検索すると"non-standard vegetables"という訳語がヒットします。
そして出てきた訳を今度は検索します(このとき" "で囲むとフレーズ検索といって,ひと固まりにして使ってるものだけヒットします)。すると,1320件ヒットしました。でも日本のサイトが最初に出てきており,ちょっといいのか疑問です。
もう少し信頼性の高いものを探したいので,研究に関するものに絞り込みたいです。こういうときは2つやり方があります。1つは検索キーワードに research を足した上で site:.edu というのも入れます。こうするとキーワードに関する研究を大学や研究所(学術機関)のサイトからに限って探します。もちろん日本語でも「研究 site:ac.jp」を足せば同じことができます。そうしたところ,検索結果は2件でした。
さすがにこれだとちょっと心許ないですよね。ここでもう1つの方法も使ってみます。それはGoogle Scholarで検索するというものです。Google Scholarは論文などの学術資料から検索するサービスです。これで同じように"non-standard vegetables"を検索すると9件ヒットしました。
学術資料で9件というのは,個人的には結果としてかなり微妙に思います。つまり,最初のGoogle翻訳結果がちょっとあてにならないという判断でいいということになります。
そうしたら次にどうするかというと,素直にGoogle検索でキーワードに「英語」を付けて検索します。実はこれで検索してもGoogle翻訳を一緒に出してくれることが多いです。そうするとWeblioのような辞書ではimperfect vegetablesが使われていたり
どなたかが解説しているページではodd bunch vegetablesという訳語がありました。
以下ではodd bunch vegetablesを使っていきましょう。同じように research site:.eduを付けてみると,フレーズ検索は「なし」となるのですが,通常検索で6万件近くヒットします。
最初にヒットしているのがacademia.eduという論文等をアーカイブできるサイト(研究者用SNSみたいなもの)ですし,2つ目には論文っぽいものがヒットします。
論文を見てみる
論文にも信用できるものとそうでないものはありますが,一般的なサイトよりも信頼性は高いとみていいケースが多いので,これを使います。論文(ちなみに博士論文でした)のPDFを実際に開きます。
「なんだか難しそう」という気持ちをグッとこらえて下を見ていくとabstractというものが出てきます。これは論文の要旨(概要)を書いたものです。
もちろん英語が読める方はこれを読めばいいですし,そうでなければここでDeepLにコピペします(私も分野外なのでそうします)。
これを読むと,規格外野菜の消費促進のために提案がなされていることが分かります。これで一応海外の事情について少し情報を入れることができました。また,規格外の食品に対してugly foodという訳語がありそうだということも分かりました。
あとは例えば,ugly vegetables にするとか,usなど地域を足す,potatoのような具体性のある言葉を加えるなどキーワードを広げていくといいですね。
まとめ
こうやって検索技術を駆使して自分たちのキーワードの空間的・時間的な広がりを確かめてもらうと,調べたいことややろうとしていることのレベルがもう一段階上がると思います。まあもっともこれを学部2年生に求めるのは酷なのですが…でも期待したくなっちゃうんですよね,よい発表でしたから。
ちなみに,ある程度良さそうな論文を調べる方法はほとんど書いていません。特に日本語では紀要という審査なしで公開できる論文が多くヒットします。そのあたりを考慮する必要があるのですが,それについてはまた改めて紹介できたらと思います。
コトラボ(ことばの実験室)作成記
これは「言語学な人々 Advent Calendar 2021」の1日目の記事として書かれました。
今年の8月に『自由研究 ようこそ!ことばの実験室(コトラボ)へ』が出版されました。はじめは「マンションの名前には何語が多いか」という記事を書こうと思っていたのですが,いろいろと気が変わり,本のことを書くことにしました。
ブログからお話が来た
もともと私の興味関心のひとつに科学コミュニケーション(サイエンス・コミュニケーション)がありました。科学コミュニケーションというのは,科学の課題について一般市民にも考えてもらいつつ,科学者(研究者)が社会の思いを知るためにとるコミュニケーション活動だと考えています。
理工系を中心にサイエンス・カフェが開かれることが増えましたが,施設の一般公開や市民向け講演会などもそういった活動に位置づけられると思います。考えを広げていけば,授業で自分の専門分野を面白く思う,理解する人を増やすことだって大学研究者ができる科学コミュニケーションだと言うこともできるでしょう。ちなみに展示に関してはコロナ禍前になりますが,大学祭でアウトリーチイベントをやりました。
私の場合,ブログ記事を書くことも今ではひとつの科学コミュニケーションだと思っています。何か言語学・音声学のことが話題になったときに解説を書いたことが何度となくあります。令和のアクセントの記事はかなり早く書いて検索でも上位に来ていたのですが,researchmapのバージョンアップに伴い一時的にgoogle八分状態になった結果,だいぶ下に…
researchmap.jpまた,フィールドワークにより収集したデータを扱う関係で次のような記事を書いたこともありました。
そんな記事のひとつに「自由研究」ネタがあります。子供が小学生になる前から,小学校の自由研究のネタが理科や社会に偏ってることは気になっていました。そもそも自由研究のネタで検索しても理科,社会ばかり出てきます。国語だと漢字の成り立ちやことわざをたくさん書くというようなものがほとんどで,言葉を分析するようなものは皆無でした。で,それなら自分で考えるかと思い2017年にブログ記事を書いていました。
researchmap.jpその後,たびたび注目していただけたんですが,別のもう少し具体的なネタでもというのと,コロナ禍で自宅でも簡単にできるものと思いこちらの記事を書いたのが2020年。
そうしたところ,2020年8月にひつじ書房の森脇さんから7連発の記事をもとに本を出さないかというお話をいただきました。
このときは忘れていたのですが,私が金田一賞を受賞したときに次の目標として考えていたことのひとつが「誰も見たことのないような入門書・一般書を書く」ということでした(他は秘密)。でも,専門の音声学は川原繁人さんの三部作(岩波本と書評1・ひつじ本と書評2・三省堂本)がありますし,言語学一般は広瀬友紀さんのすばらしい本があります(書評[PDF])。方言も木部先生の本があります。私が何か書くにしても,これらに匹敵するものが書ける自信はありませんでした。そんな中,本書は(ある意味で)入門書になっているのですから,思いがけない形で目標が達成できたことになります。
刊行日へ向けて猛ダッシュ
というわけで,企画が走り出し2021年1月に最終原稿の締切が設定されました。この時点で締切まで半年を切ってます。締切間近にならないと仕事が進まない,そう私はギリギリス…というわけで,毎月一定数の原稿を出すということで進めていきました。はじめの3か月はどうにか締切に原稿を出せていたのですが,それでも少しずつ負債は溜まってしまい,どうにか1月末には全て出しきったものの,その後の修正もあり出版は遅れました。
ネタは持っていたんですか?
本書を出したときに聞かれたのですが,収録したものについては全てがもともと考えていたネタだったわけではありません。企画の話をいただいき本決まりになる前に目次を考えたのですが,そのときにこれなら行けるのでは?と考えたものが多かったように思います。
ひとまず,企画スタート時に形になっていたかを3段階(◎=何か書いていた,○=なんとなく行けそう,△=見通しは特になし),各テーマが言語学・日本語学でどのようなトピック・キーワードと結びついているかと関係しそうなので,それとともに書いてみます(これですら今思いついてますよ)。
「ことばの意味」クイズを作ろう 【語釈/◎】
キャラクターたちはどう話してる? 【役割語/△】
漢字だけ文を書いてみよう 【機能語/○】
あの人の呼び方から考えよう 【人称/△】
くっつけることばは何が違う? 【語種/△】
にん?じん? 【字音/○】
2 音のしくみ
点が付くと何が変わる? 【音象徴/○】
名前を縮めると…? 【縮約/○】
多い音はどれ? 【音の偏り/△】
隠れた「っ」を探せ! 【促音/◎】
5・7・5仲間はずれはどこにいる? 【モーラと音節/△】
上がるの?下がるの? 【イントネーション/○】
「ん」ばかりことばを作ろう 【撥音,同化/△】
3 文・会話のしくみ
いくつ意味がある? 【木構造/○】
「た」を変えてみよう 【時制/△】
「は」と「が」はどう並んでる? 【情報構造,主語と主題/△】
始まりのことばを考えよう 【フィラー/○】
世界のことばの並び順はどうなってる? 【語順/○】
並べ替えられないことばを探そう 【慣用句/○】
4 さまざまな言葉
ひらがなのいろいろな書き方を集めてみよう 【字形/△】
地域のことばを調べよう 【方言/○】
「桃太郎」を読み比べてみよう 【文体/△】
世界の言語で「日本」は何と呼ぶのか? 【発音の多様性?/○】
手話のことを調べよう 【手話言語/○】
建物の名前を集めてみよう 【外来語,言語景観/△】
こうやって書いてみると,なんとなく行けそうという見込み発車だったことが分かります。実際,例えば手話のことは高嶋由布子さんにサイトや制作者をご紹介いただきましたし(それまではNHK「みんなの手話」を使おうとか考えてた)。
あのコラムは突然に
本書にはコラムが6本入っています。
呼び方は変化する
ひっくり返す言葉
高く平らなイントネーション
言わないあいまい文
固く結びついた言葉
言葉の使い方で作者が分かる?
実はこれらはどれも予定されていませんでした。もともとコラムを入れたいとか,これはコラムにというようなことはあったのですが,最初の段階では間に合わず特に入れていませんでした。ただ初校が来た段階でいくつかのページにけっこうすき間があり気になったので,急遽入れることにしました。
そういうわけで,これらのコラムはスペースと相談しながら分量を決め,(全部合わせて)1-2日で書き上げました。ネタはあったのでサクサク書けたのですが,健康に悪い書き方です。
今後どうしたいか?
本書は「自由研究」と銘打っていることからも分かるように,小学生向けに書きました。ただ,私の悪い癖というべきか,ひとりで読むにはちょっと難しいです(いや,大人と読むことを想定していないわけでもないのですが,それでもね)。
また出版も結局8月の後半になったので,販促的にもイマイチというのが実感です。できたら来年の夏に小学生向けのオンラインイベントとかできたらなあと思っています。あわよくば人文系で自由研究をする流れができるといいのですが,そのためにはまず私の本が売れないといけませんね(はい,がんばります)。
アドベントカレンダー企画「言語学な人々」やります
ブログ界隈でここ4〜5年くらい行われている「アドベントカレンダー」という企画があります。これは,12月1日から25日にかけて日替わりで誰かが1日1エントリーの記事を書いていくというものです。言語学系でいつかやりたいなあと思ったのですが,今年は少しだけ余裕ある時期に思い出せたので,作りました!
どうしたらいいの?
執筆予定日を登録(早い者勝ち!)
- Adventarのサイトの右上[≡]ボタンからアカウントを作成する。GoogleやTwitterなどのアカウントから作成可能です。
- 書きたい日に「登録」を押して執筆内容(空欄可,変更可)を書いてください。うまく行かないとかあれば,松浦が日付だけ押さえるので連絡してください。
→
執筆
- どこかに書く
- 登録する
- 自分の登録した日に入り,URLを貼り付ける
想定読者はだれ?
言語に関心のある一般層をイメージするといいと思いますし,研究者向けでもいいと思います。
何を書けばいいの?
広く言語に関することならいいと思いますが,だいたい次のようなカテゴリーを想定しています。参考例もあげておきます。
- 気になる言葉・集めた言葉
- 広い意味での研究紹介
- ツールやコーパスなどの紹介
- 中納言を使って◎◎する方法
- 大学生の作文コーパスを作ってみた
- Pythonを使って言語地図を作る方法(加藤幹治さんが書いたもの)
- 言葉の授業をやった/受けた
- 学生に無意味動詞の活用をさせたら失敗した話
- ST養成校の学生が授業でひっかかる言語学の概念
- 意味論の授業を受けたら感動した
- 面白かった/読んでみた言語の本
- 言語にまつわるエピソード,エッセイ
- むかし勘違いしてた言葉
- ◎◎語学習体験記
ちなみに記事は漫画などでも構いません。
なんでこんなことやろうと思ったの?
なんか面白そうだったから。いや,「言語学の啓蒙」とか言った方がいいんでしょうかねぇ(考えるより先に体を動かすタイプ)。
ご恵贈御礼『文系研究者になる』(石黒圭/研究社)
石黒圭さんより『文系研究者になる:「研究する人生」を歩むためのガイドブック』を頂きました。
例によって簡単な紹介と雑感です。
「研究する人生」の見取り図
いつもだと目次を書き出すのですが,今回は出版社のページへのリンクに留めます。
というのも,かなり細かく分かれているのです。これでかなり圧倒される人もいるんじゃないかと思いますが,石黒さんは研究する人生をすごろくに例えることで,全体を見通しています。
大学院生のキャリア形成についてはこの20年でかなりの情報が提供されるようになってきました。私は2000年に大学院へ入学しましたが,当時はこのような本はほぼなく,論文執筆やアイデアをまとめる,留学などといったことについては東郷雄二さんの本で学んだぐらいでした(余談ですが,この本で私はアウトラインエディタというものに出会ったことは大きかったと思います)。今は筑摩文庫から新版が出ているようですね。
「研究を止める」とき
石黒さんの本は研究する方法に関することだけでなく,キャリアの形成にも深く言及しています。特に「研究の中断」に1節を割いていることはとても重要だと思います。
どうしても研究界隈には「中断したら終わり」のようなムードが暗にも名にも流れてしまっています。個人で努力してそういった状況を打ち破る人もいるのですが,そのような研究の中断について真っ正面から語っている本はほとんど目にした覚えはありません。その意味でとても重要な本だと思います。
「新人」ばかりが対象ではない
上の「研究を止める」ときもそうなのですが,この本の大きな特徴は対象が「新人」(学部〜修士)に限られないところにあります。例えば,次の点を見て「ドキ」っとする人はいるんじゃないでしょうか。
上級生として,または指導教員としてどう振る舞えばいいのかなんて誰も教えてくれませんでした。もちろん「何でも教えればいいというものではない」ということだってひとつの正論だと思います。しかし,知っていることを伝達することで,より指導やアドバイスの質が高くなるのであれば,そこには一定の価値があるでしょう。
仕事の質を高めよう
最後に個人的に最もドキッとしたところです。
特に今年がひどいのですが,何か依頼されると基本的に引き受けてしまいます。そのときはどうにかなるだろうと思ったし,どうにかしてきました。しかし,若くなくなったのか,あと一歩の力が出なくなってきています。それを考えると,ぼちぼちキャパを考えて仕事を引き受けた方が良さそうですね。
というわけで,非常に簡単な紹介となりましたが,文系に限らず「研究する人生」を歩む全ての人にオススメする本です。